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明治後半、香蘭社による金彩菊花紋花入


宮内省御用達(明治期は宮内省)を拝命した香蘭社が製作した明治期後半の花瓶。

肩衝形状の花器に、皇室の象徴、菊花紋を金彩であしらった至極の逸品。

真上から見ると菊紋に見えるように花弁を配置。

シンメトリーとアシンメトリーを同居させた類を見ないデザイン感覚です。

大変コンディションも良く、至極の明治伊万里として末長くお傍に置いていただきたい器です。

こちらは陶右衛門赤坂店に常時展示しております。



成熟を極めた明治期の有田焼を店主が英、仏、米に渡り買い付けて参りました


鎖国体制が崩壊し、すべての価値観が新しいものとなった明治の日本。

幕府や藩の庇護を受けられなくなった有田の陶磁工たちはその高い技術力とデザインセンスを積極的に海外に売り込んでいきます。

1873(明治6)年のウイーン万博や、1878(明治11)年のパリ万国博覧会に出品された有田焼はペルシャ絨毯のように緻密で端麗だと大変な興味を持たれ、広く海外に認知されていったのでした。

以降、海外からの受注を受けながらさらに製品精度を高め、技術的には古今の有田焼の中で、最も成熟した製品が生み出されていったのです。


「平成の蒲原コレクション」ともいえるこれらの品々を赤坂店、松戸店においてご覧いただけますので
どうぞお立ち寄りくださいませ。


Copyright(C)2009-2018  (Click!)  rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなどの無断複写・転載等を禁じます。


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創設して間もないころの香蘭社による染錦菊桜魚紋耳付花入


明治14年前後、香蘭社創設者 深川栄左ヱ門の手による作品。

香蘭社を設立した深川栄左ヱ門、年木庵喜三、辻勝蔵の3人は、自分が担当した作品には

それぞれ蘭のマークに深川製、年木庵(深海)、辻製(辻勝蔵 十二代 辻常陸)と入れておりました。

蘭のマークを斜めに配置し、深川製の製の衣部分を大きく伸ばす傾向は明治14年前後に多く見られます。

フィラデルフィアやウィーンの万博のために日本の窯焼職人のプライドを賭けて製作されました。

欧米に日本を印象付けるために、皇室を象徴する菊、日本の代表的な花である桜を配した貴重な花器です。

こちらも非常にコンディションも良く、観賞用、贈答品などに最適です。

陶右衛門赤坂店にてご覧いただけます。


成熟を極めた明治期の有田焼を店主が英、仏、米に渡り買い付けて参りました


鎖国体制が崩壊し、すべての価値観が新しいものとなった明治の日本。

幕府や藩の庇護を受けられなくなった有田の陶磁工たちはその高い技術力とデザインセンスを積極的に海外に売り込んでいきます。

1873(明治6)年のウイーン万博や、1878(明治11)年のパリ万国博覧会に出品された有田焼はペルシャ絨毯のように緻密で端麗だと大変な興味を持たれ、広く海外に認知されていったのでした。

以降、海外からの受注を受けながらさらに製品精度を高め、技術的には古今の有田焼の中で、最も成熟した製品が生み出されていったのです。


「平成の蒲原コレクション」ともいえるこれらの品々を赤坂店、松戸店においてご覧いただけますので
どうぞお立ち寄りくださいませ。


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明治になり、有田の最高の技術を持つメンバーが立ち上げた精磁会社


江戸時代初期、有田焼創業頃から同じ時間・歴史を歩んできた辻常陸。

日本史上初、宮中(現・皇室)内で使う御料器を一手に任され、佐賀藩主を介さず、直接京都の御所に参内し納品してきました。

明治になり勝蔵自身が参画する精磁会社は、当時最高の製陶技術を擁する合名会社でした。

そんな折、皇室に人気のあった楠木正成公を題材に製作された飾り皿がこれ。

皇族をはじめ、海外からの来賓が目にすることも念頭に入れ日本の窯のプライドをかけて製作された逸品です。

ぐっと引き込まれ、息を呑むとはこのこと。

130年の時を経て、現代に輝く究極の明治伊万里。

陶右衛門松戸店にてご覧頂けます。




成熟を極めた明治期の有田焼を店主が英、仏、米に渡り買い付けて参りました


鎖国体制が崩壊し、すべての価値観が新しいものとなった明治の日本。

幕府や藩の庇護を受けられなくなった有田の陶磁工たちはその高い技術力とデザインセンスを積極的に海外に売り込んでいきます。

1873(明治6)年のウイーン万博や、1878(明治11)年のパリ万国博覧会に出品された有田焼はペルシャ絨毯のように緻密で端麗だと大変な興味を持たれ、広く海外に認知されていったのでした。

以降、海外からの受注を受けながらさらに製品精度を高め、技術的には古今の有田焼の中で、最も成熟した製品が生み出されていったのです。


「平成の蒲原コレクション」ともいえるこれらの品々を赤坂店、松戸店においてご覧いただけますので
どうぞお立ち寄りくださいませ。


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